職人の目利きで礎を築く。
The Heritage of Amano
おだし屋 天野鰹節店が紡ぐ、本物の出汁の物語
職人の目利きで礎を築く。
出汁の価値を全国へ広げる。
伝統を未来の届け方へつなぐ。
PHILOSOPHY
安価な大量生産品が主流となる現代において、真に価値あるものが人々の目に届かずに消えていく── 私たちは、そんな状況を打破し、日本の伝統的なモノづくりをリバイタライズ(再興)することを使命とします。
第一章
すべては、ひとりの職人の覚悟から始まった。
私たちの物語は、1955年に始まりました。一代目・天野磐穂(あまの いわほ)が、奈良県桜井市のマーケットにて小さな産声を上げたのが「天野磐穂商店」の始まりです。職人の確かな目利きによる本物の鰹節は瞬く間に地元の評判を呼び、1968年には桜井市中央ビル名店街へと移転。事業の拡大に伴い、1977年には倉庫を建築、翌1978年には桜井ニチイショッピングセンターへと出店を果たし、地域に深く根を下ろしていきました。
そして1988年、現在の本社所在地(奈良県桜井市戒重)へと工場および店舗を移転。名実ともに地域を代表する鰹節店へと成長を遂げました。しかし、この華々しい発展の裏には、表舞台には決して出ることのなかった壮絶な苦労が隠されていたのです。
後になって見つかった一代目の古い日記には、身内に大切なお金を持ち逃げされ、幾度となく深い挫折を味わいながらも、必死に暖簾(のれん)を守り抜いた凄絶な戦いが刻まれていました。一代目は生涯、家族やお客様の前ではそのような苦労を一切見せず、ただ死に物狂いで本物の鰹節を届け続けました。その妥協なき職人魂こそが、私たちの原点です。
一代目・昭和期の歩み
奈良県桜井市のマーケットにて、初代 天野磐穂により「天野磐穂商店」創業。
奈良県桜井市 中央ビル名店街に店舗を移転。地域コミュニティの中核としての地位を確立。
桜井ニチイショッピングセンターへ出店。近代商業施設への進出により認知度を大幅に拡大。
現在の本社所在地(奈良県桜井市戒重345-1)に工場および店舗を全面移転。一貫した製造・販売体制を強固にする。
第二章
小さな鰹節店の出汁は、全国へ広がっていった。
時代が移り変わり、店は伝統を次世代へ繋ぐべく、二代目・天野進護(あまの しんご)の時代へと突入します(2015年正式就任)。二代目はインターネットの黎明期にいち早くECの可能性に着目し、2003年には「かつお節屋さんの美味しいだしパック」が、楽天市場のだし・鰹節部門でランキング1位を獲得するという業界驚愕の快挙を成し遂げました。
その確かな品質はメディアでも大きな話題を呼び、2011年に奈良テレビ放送「ゆうドキッ!」に取材されたのを皮切りに、2013年にはマガジンハウス『クロワッサン』、2015年には主婦と生活社『CHANTO』といった全国の有名誌に相次いで掲載。さらにJA奈良県「まほろばキッチン橿原店」や、関西で絶大な信頼を誇る「類農園直売所」各店への商品供給を次々と開始し、販路を街の小売から全国・広域へと大幅に拡大していきました。
しかし、その華やかな実績の裏で、国内の市場縮小と原価高騰という牙が店を厳しく直撃していました。父と母のほぼ1.5人工という限界の体制。広がっていく需要に対して供給体制が追いつかず、度重なるクレームによって長年築き上げた大切な取引先が減少していくという過酷な現実が待っていたのです。
「売上は下がり続け、損益分岐点を割り、事業を継続すればするほど借金が膨れ上がっていく赤字の暗闇。それでも父は私に何一つの苦労も感じさせず、ただ深い愛情だけを注いで育ててくれました。」
二代目・メディアと販路拡大の軌跡
奈良テレビ放送「ゆうドキッ!」にて職人のこだわりが特集取材される。
天野進護が二代目に正式就任。主婦と生活社『CHANTO』に掲載され、主婦層へのブランド浸透を強固にする。
「類農園直売所(西中島店・彩都店・田原本店・海老江店)」への商品供給を次々と開始。本物の無添加出汁を求めるファンを関西一円に獲得。
第三章
伝統を守るために、老舗はもう一度生まれ変わる。
次代を担う三代目・天野陽馨(あまの はるか)は、単に店を継ぐだけでなく、伝統を科学し、より本物の価値を高めるため、2021年に難関である「だしソムリエ一級」を取得。職人の「勘」に頼るだけでなく、イノシン酸とグルタミン酸の相乗効果による「うま味7倍の黄金比ブレンド」といった、圧倒的な専門知識という新たな武器をブランドに注ぎ込みました。
伝統を守るだけでは、時代の変化に飲み込まれてしまう。過去の挫折を受け止め、失われかけた信頼を一つずつ取り戻しながら、三代目は現場、商品、販路、発信を見直していきました。職人の目利きと専門知識、そして生成AIを活用した新しいマーケティングを組み合わせ、老舗の価値を現代の届け方へと再構築していきます。
最初に行ったのは、過去にクレームが原因で疎遠になってしまっていた顧客の元へ、一軒一軒頭を下げて謝罪に回る「信頼の修復」でした。誠意を尽くして過去の取引先を復活させると同時に、パートスタッフを新たに数名採用し、長年の課題だった「供給不足」を根本から解決。さらに、近鉄百貨店をはじめとした新規の強力な販路開拓にも成功。その結果、法人化からわずか半年間という信じられないスピードで、天野鰹節店を単体で完全な黒字化へと導く奇跡の大逆転劇を成し遂げたのです。
三代目・リバイタライズの軌跡
天野陽馨が「だしソムリエ一級」を取得。出汁の専門家としての権威性を確立。
「完全無添加だしパック専門店 おだし屋」をオープン。類農園ハルチカマルシェ東大阪店、千里丘店へ商品供給を開始。
旬の駅 クロスウェイなかまち店、針テラスへの商品供給を開始。
旬の駅 大和郡山店、旬の駅 京都店、よってって 桜井店へ販路を拡大。
旬の駅 イオンモール鶴見緑地店へ商品供給を開始。
前職「船井総合研究所」を退職し、株式会社REVITALAIZEを設立。天野陽馨が代表取締役に就任。生成AIによるDXマーケティングを全面投入。過去のクレーム先への謝罪・復帰、近鉄百貨店での新規取扱開始等を経て、わずか半年で天野鰹節店を単体黒字化を達成。
THE ONE DROP
守り、磨き、受け継いできた本物の旨みを、
次の時代へ。